2017年11月13日月曜日

【学問のミカタ】日本の大学生は多すぎる!?

経済学部の安田です。

東京経済大学では11月の葵祭(大学祭)が終了し、秋から冬への移り変わりを実感する季節となりました。

全学部コラボ企画「学問のミカタ」、今回は「日本の大学生は多すぎるのか」について取り上げてみたいと思います。




今年も学校法人の認可を巡るニュースがありましたが、ちょうど5年前の11月にも、当時の田中眞紀子文部科学大臣が審議会が答申した3校の新設を大学の質の低下などを理由に認可しないことを表明し、大きな話題となりました。

その後、認可はされたのですが、日本の大学や大学生数増加による質の低下を懸念する声は根強いように思います。

今回は、この点について経済学的に考えてみたいと思います。

まず、大学入学者数を見てみると、2016年には約62万人が大学に入学しており、趨勢的に大学生は増加していることがわかります。




次に、大学進学率を見ると、2016年で男子55.6%、女子48.2%となっており、特に、女子の進学率は過去最高を更新し、大学生の増加を後押ししていることがわかります。



また、国際的に見た日本の特徴として、大学生の卒業率が高いことが挙げられます。

OECDEducation at a Glanceによると、日本の大学卒業率はOECDで最も高く、およそ9割の入学者が卒業しています(したがって、以下では単純化のため、大学生数≓大卒者として議論します)。






このように大学生の人数は確かに増加をしており、大学生の供給量は増加しているといえます。

次に、賃金に着目したいと思います。

需要と供給という、経済学の基本的な概念を用いて大卒者の増加について考えると、大卒者の供給量が企業の労働需要以上に増加しているとすれば、大卒者の「価値」が下がると考えられるため、大卒者の賃金は低下すると考えられます。

反対に、大卒者の供給量が増加したとしても、それ以上に大卒需要が増えていれば、賃金は上昇している可能性もあります。

そこで、大卒・高卒賃金比率を見ていきたいと思います。

大卒・高卒賃金比率に注目する理由は、大卒の労働需要は他の教育水準(例えば高卒者)との相対的な比較で決まっていると考えられるからです。




上図を見ると、男女ともに大卒・高卒賃金比率は拡大傾向にあることが分かります(データは『賃金構造基本統計調査』を基に東京大学の川口先生の論考と同様の手法で筆者が算出しました)。

現在では、大卒者の賃金は高卒者のおよそ1.5倍であり、さらに趨勢的に拡大している様子も見て取れます。

このことは、確かに大卒者は増加していますが、それ以上に社会全体では大卒需要が増加していることを示唆しています。

「日本の大学生は多すぎるのか」という問に対して、経済学的に考えると「そうとはいえない」ということになるかと思います。

このように経済学的思考は多くの事柄に適用できる汎用性の高い分析ツールですから、皆さんも機会がありましたら、経済学を学んでいただければうれしいです。

投稿者:安田宏樹

東京経済大学のブログ

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2017年10月23日月曜日

【授業紹介:経済学部女子のキャリアを考える(2)】



こんにちは。経済学部でキャリア関連の授業を担当している藤井です。
さて、今回は前回(10/9)の続き、ステップ3「これまでの学びを統合する期間」で行ったグループワークとその発表の様子を中心にご紹介したいと思います。

<ステップ3>これまでの学びを統合する期間(第12講~14講)

これまでの作業、ゲスト講演から得られた知見をもとに、テーマ別グループを組み、何らかのアウトプット(成果物)をつくり、プレゼンテーションする。そして、これらの経験を生かして「ロング・キャリアを目指すビジョンとパーソナル・プロジェクトを考える」という最終セッションです。

テーマ別に組んだグループワークの様子



ゲスト講演の最終日に、7つのグループに分かれて、それぞれ取り組みたい課題を考え、発表する、というセッションを行いました。

企画のテーマとして、今年は、キャリアや働くことについてではなく、「キャンパスライフの充実につながる活動」を考えてもらいました。その趣旨は、これから卒業までの4年間を過ごす大学に関して、身近な疑問や関心内容は問題意識をもって主体的にキャンパスライフを送るためのきっかけとなるということです。また、このような体験をほとんどしたことのない人にとっては、取り組みやすい課題であることも考慮しています。仕事や働き方をディスカッションする機会は、別の授業(キャリアデザイン関連の授業)であるため、女子キャリの授業では、楽しく意見交換を行い、チームを組んでまとめ、発表することに慣れてもらうことを意図してこのようにしました。

発表-プレゼンテーションの1シーン



7グループそれぞれの企画は以下のような内容でした。

l  経済学部の知名度UP(オープンキャンパスのパンフに女子向けチラシを入れる)

l  経済女子カフェ(オープンキャンパス来校女子高生を対象として)

l  高校生向け経済学部PR(ホームページ,Twitterの活用)

l  レディースルームの設置(女子が過ごしやすい場づくり)

l  女子キャリタイム‼- OGとの相談・交流会の開催

l  女子の聖地、ミスコンの開催

l  かわいいは創れる!(将来のために必要な身だしなみをスタイリストから学ぶ)

 短い期間で企画を考え、発表するという経験は、履修生のほとんどがはじめてということでしたので(数名、経験者もいました)、もっとグダグダになるのではと心配していたのですが、ふたを開けてみると、アイデアを色々練り、皆手を抜かずに発表内容を仕上げ、堂々とプレゼンテーションをしてくれました。

1年生の前期の締めとしては上々の出来栄えで、講師は感慨深く発表を聴いていました。

これまで彼女らの学びといえば、教員のレクチャーを聴いて知識を修得するということが当たり前だったのだと思います。授業の最初の頃は戸惑いながらあるいは消極的にセッションに参加していた人も、多くがアクティブな姿勢になっていました。各人それぞれ問いを立て、その問いをグループメンバーで1つの問いに収れんさせ、協働で課題を達成する活動を一丸となって実践した成果としてのプレゼンテーションです。それぞれのメンバーの構成が反映され、どの発表内容も発表の仕方も味わい深く、とても感動しました。

 最終日は、これまでのまとめとしてキャリア・ビジョン(将来の展望)とパーソナル・プロジェクト(行動計画)を考えてもらいました。実は、この時点でなりたい職業やどのようなキャリアを築いてゆきたいのか、働くことへのイメージをもっている人は一般的にもほとんどいません。むしろ、それは今後の学生生活のプロセスのなかで、徐々に形成されてゆくものだからです。今年の受講生のなかで、明確なビジョンもっている人は1人でした。書けなくても問題ありません。このセッションの趣旨は、きちんと描けない自分に気づくこと、具体的に考えるきっかけにしてもらうことにねらいがあります。要は、意識化できれば十分なのです。何もキャリアを意識することなく学生生活を送る人に比べて、少しでも考え、問題意識をもった人は、キャリア形成の構えができます。その構えは人によって中身も広さ深さも違いますが、それぞれでかまいません。それぞれ、これから過ごすキャンパスライフのなかで探求し、経験を積み上げ、創りあげてゆくことが、キャリアの下地になるのです。

経済学部では、1年生後期から3・4年生にかけてキャリア形成支援科目を受講することができるようになっています。別の機会に、経済学部ブログでご紹介したいと思います。

 二年次科目、キャリアデザイン発展から先輩女子が訪問


最後の写真は、授業最終日に別授業の企画で訪れた2年生先輩女子との記念撮影の様子です。お面をかぶっているのが先輩で、経済学部2年生を対象としたグループワーク主体の授業の取組みキャリアデザイン発展という授業の企画(経済学部女子のキャリアのPR映像を創る)に履修生全員協力していただきました。
最後に、履修生の声をご紹介します。

「こんなにも多くの卒業生や、先生のご友人の方の話しを聞けたことが本当に良かったです。学ぶことが多くてお腹が一杯です。また、経済学部の女子の友達が増えた事です!」(YAさん)

「女子の少ない経済学部が授業で会えたことで交流ができたので楽しかったし良かった。ゲストの話を聞くことで就活までにどうしていくかや働いているときの話を聞くことでイメージがより伝わったから良かった。」(SKさん)

「女子が少ない経済学部の中で女子キャリという授業があることでまず経済学部にどんな人がいるのかなど知ることができ、また交友関係も広げることができたので、とてもよかったと思います。後期もあればよかったなと思いました。」(NOさん)

「この授業を通して、仲良くなった子とほかの授業で会ったとき話したり、授業外でも遊んだりできたので良かった。先生とも話すことができたので良かった。」(HKさん)

 さて、2018年度はどのような授業になるでしょう。基本は変わりませんが、今年の女子学生の声をふまえて、より充実した内容を目指した改訂版をご提供できるよう、がんばりたいと思います。

(文責 藤井)



2017年10月9日月曜日

【授業紹介:経済学部女子のキャリアを考える(1)】

 こんにちは。経済学部でキャリア関連の授業を担当している藤井です。

 さて、タイトルの授業は、経済学部一年の女子学生を主な対象とし、卒業後も長く働き社会で活躍できる「ロンキャリ(ロング・キャリア)」を目指す女子の下地を培ってもらうことを目的として、本年度から新たに設けられました。

女子学生のみを対象とした授業は学部のみならず本学初めての試みで、担当講師も実際どのような授業になるのか開けてみなければわからない、ということで取り組んできた半年間の成果を2回に分けてご紹介したいと思います。

どのような授業か

この授業には2つのねらいがあります。1つは、経済学部の女子のつながりをつくる機会にしてもらうこと、もう1つは、早い段階からキャリアを考え、大学での学びを深めてもらうことです。

キャリアを考え、女子のつながりを作るための授業方法として、一般的な講義形式よりも、グループワーク演習や社会人ゲストの講演を中心に組まれています。

この授業は、「オリエンテーリングの期間」「就労イメージを培う期間」「これまでの学びを統合する期間」の3つのステップで構成されています。今回は、最初の2つのステップをご紹介します。

<ステップ1>オリエンテーリングの期間(第1講~4講)

まだ入学して間もない時期のため、いきなりキャリアの話をしてもピンと来ない人がほとんどです。そのため、まずは経済学部女子が互いを知り、経済学部に在籍し学問することの意味、働くことについての想いや考えなどを共有し、キャンパスライフをどう過ごすかについて各人なりの認識を深めてもらうためのセッションを行いました。

自己紹介セッション



上の画像は、初回授業の自己紹介の様子です。初対面の人がほとんどです。遠慮がちに話す人、最初から打ち解け合う人など様々でした。講義型の授業とは異なり、グループを組んでコミュニケーションをとることが求められます。最初から難しい課題に取り組むのではなく、皆でわいわいと楽しく取り組めるセッションがこのオリエンテーリング期間の特徴です。

お気に入りキャンパスマップ作り


この画像は、各人がキャンパス内の「お気に入り」を写真に撮って来て、グループを組んでマップを作るというセッションの成果物です。お気に入りの場所をあげる人、友達との体験の場をあげる人など、それぞれの観点で持ち寄り、それをメンバーで共有しました。このようなセッションが何度かあり、未だ話したことのない学生が興味や関心事項などを共有し、だんだん互いを知るようになります。

ステップ1の最後のセッションでは、社会人ゲストに聴いてみたい質問を皆で考えてもらい、ステップ2に備えました。

<ステップ2>就労イメージを培う期間(第5講~11講)

卒業生OGや社会で活躍する女性ゲストをお招きしてキャリア、女性が働くこと、ゲストの学生時代についてご講演いただき、女性が働くとはどのようなことかを考えてもらいます。

今年は、卒業生3名、一般社会人の方4名にゲストとしてお越しいただきました。



信用金庫とクレジット会社のお仕事のお話、東経大経済学部でどのような学生時代を過ごされたのかなど、経済学部OGならではの貴重なお話をしていただきました。

一般社会人 小坂さんのご講演



東経大OGだけでなく、一般社会人女性のゲストも授業趣旨に合わせてご依頼しています。写真2枚目の小坂さんには自動車販売営業、大手広告代理店のイベント企画のお仕事、現在のベンチャー企業に転職されたお話をしていただきました。

お二方以外に、警察行政職、寝具メーカーの営業・企画職、外資系企業の役員、独立してコーチをされている方、NPO法人でセミナーを運営されている方など、業種も様々、年齢役職も幅広く多様な方の講演から、女性が働くこと、キャリアの築き方、学生生活の過ごし方など、リアルなお話を聴き、大きな刺激を受けたようでした。

上級生ファシリテーター

この授業には、2年生と3年生の、上級生ファシリテーターという授業のサポート役も参加しています。彼女らの主な役割は、グループワークに参加し、対話や議論、課題への取り組み、成果が生まれるようファシリテート(学習の促進支援)することです。講義形式の授業しか経験のない学生にとってグループワークのセッションはどのように参加していいのか戸惑うことがありますが、このようなときに上級生ファシリテーターは女子の先輩として授業をサポートし、話し相手や相談役になってくれます。また、上級生とのつながりをもつ機会にもなっています。



授業後のアンケートをとったところ、うれしいことに次年度の上級生ファシリテーターになってもいいと手をあげてくれた1年生女子が8名いました(履修生30名のうち)。上級生と交流した1年生女子がそれを受け継ぎ、次年度の上級生ファシリテーターとして後輩のサポート役になってくれる人がこの授業から排出される、という好循環が生まれていることに、講師は感激しています。

このブログを見てくれている高校生の方で、東経大経済学部に入学され、この授業を履修されたとき、この8名を含む上級生が皆さんをサポートしてくれることでしょう。

さて、今回はここまで。次回(10/23掲載予定)は、ステップ3「これまでの学びを統合する期間」で行ったグループワークとその発表の様子を紹介したいと思います。


2017年9月25日月曜日

【学問のミカタ】文化財としての景観

環境経済学・環境政策論担当の野田です。
今日は、環境政策の一分野である景観保全を取り上げます。

辞書で景観をひくと、「けしき・ながめ」とあり、とくに「人の生活に関係する風景」として認識されています。

美しい街であるかどうかは、人の生死には直接関係しません。美しさの意味は国や地域、時代によって異なりますが、豊かな生活をおくるためには、美しい街であること、自分の街に誇りが持てることが重要であり、それはある程度人の手によって管理される必要があります。

ヨーロッパでは、景観に特化した環境政策や規制がみられますが、日本の場合、景観保全のための政策は2004年の景観法までありませんでした。それでは何も政策がなかったのかといえば、そうではありません。実は、景観は部分的に「文化財保護法」によって守られてきました。

柴犬も犬山城も東京駅もみんな文化財です。文化財の保護対象はとても広く、そのひとつに景観があります。上の写真は、沖縄県竹富島の景観を写したものです。この景観自体が文化財、より正確に言えば、日本でもっとも南にある「重要伝統的建造物群保存地区」に定められ、この景観が維持されてきたのです。

また最近増えてきているのが、「登録有形文化財」です。これは、人の手から遠ざけて文化財を守るのではなく、利用しながら守っていく種類の文化財です。しかもこれは、文化財の所有者が自ら登録を希望してはじめて成立します。


この登録有形文化財は身近に存在します。上の写真は、神戸異人館界隈にあり、登録有形文化財に登録されたスターバックスのお店です。写真のように、登録有形文化財には、緑色のプレートが掲げられているので、街を散策する際にぜひ探してみてください。意外な発見がありますよ。

2017年8月3日木曜日

【経済学部近況報告】オープンキャンパス

8月1日(火),2日(水)に,オープンキャンパスが開催され,多くの方にご来場戴きました。

1日の「模擬講義」では,南原真先生が,「食の輸入から見る東南アジアの環境問題」というタイトルの下,私たちが日頃食べている「エビ」がどの国から輸入され,どのように養殖されているか,また,これに伴いどのよな環境問題が生じているかについて,ビジネスと環境の両面から講義をされました。
また,「学生によるゼミ発表」では,南原ゼミの学生が「中国の大連について」というテーマで報告しました。

南原真先生

2日の「模擬講義」では,渡辺裕一先生が,「インフレ/デフレと,好況/不況」というタイトルの下,インフレ/デフレとは何か,また,好況/不況との関係について,貨幣方程式を用いながら講義をされました。
また,「学生によるゼミ発表」では,渡辺ゼミの学生が「2016年の世界経済は? 論文集を作ってみよう」というテーマで報告しました。

多角的な視点に基づいた多様な専門科目,また,その担当教員をそろえている東経大経済学部の魅力をお伝えできたのではないかと思います。

この他にも,「学部説明会」では,教務主任より,経済学とは何か,経済学を学ぶ意義,経済学と経営学の違い,東経大経済学部の特長についてお話しさせて戴きました。
また,「個別相談」では,小島経済学部長を含む経済学部の教員が,高校生の皆さんからの質問にお応えさせて戴きました。

8月26日(土),27日(日)にも,オープンキャンパスが開催されます。
26日には,李蓮花先生が「待機児童問題と少子化」,27日には新井田智幸先生が「『ケイザイ』って何だ!」というタイトルで模擬講義を行う予定です。

経済学に少しでも興味をお持ちの皆様のご来場をお待ちいたしております!

投稿者:教務主任












2017年7月31日月曜日

【学問のミカタ】科学における理論・モデル・エビデンス-経済学の「モデル」とは

全学部コラボ企画、「学問のミカタ」、2017年度7月担当となりました黒田です。

先週土曜日に東京ビッグサイトで開催された「夢ナビライブ」という高校生向けのイベントで、「経済学」について紹介してきました。そちらでもこのブログ同様に、経済学とは「理論」「モデル」「エビデンス」という3つの段階を通じて世の中の仕組みを理解してゆくものだと説明したところ、「経済学にはミクロ経済学・マクロ経済学というものがあるのでは」との質問を受けました。確かに多くの大学には「ミクロ経済学」と「マクロ経済学」という科目が開講されています。経済学を理論・モデル・エビデンスという視点で説明するときの「ミクロ経済学」と「マクロ経済学」の違いは、理論を説明するモデルの違いになります。
経済学のモデルにはミクロ経済学と呼ばれる一連のモデル群と、マクロ経済学と呼ばれる一連のモデル群があります。マクロ経済学が登場した20世紀初頭にはイギリスのケインズという学者が経済学の理論を特徴付ける合理的な人間行動とは異なる理論体系を『雇用・利子および貨幣の一般理論』という著書で提案しました。しかし、ケインズの理論は1960年代ごろには合理的な人間行動による長期の現象を説明するものと解釈され、合理的な行動によって特徴付けられる経済学のモデルの一つに吸収されました。また、1980年代にはマクロ経済学のモデルはミクロ経済学のモデルに統合されたため、現代の経済学にマクロ経済学固有の理論やモデルというものは存在しなくなっています。
しかし、研究の先端が学者の間で広く浸透するのに5~10年、大学の教科書に載るようになるまでには10~20年かかります。今でも公務員試験などではマクロ経済学の固有のモデルが出題されますし、高齢の経済学者では未だにマクロ経済学固有の理論を利用して経済を説明しようとする方もいるようです。同じ「夢ナビライブ」に参加していた「マクロ経済学」を教えている方に尋ねたところ、現在はマクロ経済学固有のモデルが失われていく過渡期にあるのだろうとの事でした。また、私の理解するところでは多くの大学における経済学教育は「理論」「モデル」に偏重しており、「エビデンス」についての教育は手薄の大学が多いようです。これは、経済学でも生物学や物理学と並列に語る事のできるような強い「エビデンス」が出せるようになったのが1980年代後半の事だからで、研究の動向が大学の教育プログラムに組み込まれて行くには時間がかかるためです。今後はマクロ経済学やその他重要度の低くなった分野の理論・モデルに割かれる時間が減る代わりに、今後は「エビデンス」に割かれる時間が増えてゆく事でしょう。

さて、前回に引き続き、今回は経済学の研究が行われる「理論」「モデル」「エビデンス」という3つの段階のうちの、「モデル」について記そうと思います。そして、僕が行っている研究、特にNHKと共同研究を行った「メディアと政治」についての研究を例として、僕がそれぞれの段階でどのように考えているのかを紹介していきたいと思います。

経済学の理論を使って分析を進めて行くためには、選択に影響を及ぼすさまざまな条件が変わったとき、人々がどのように選択を変えるだろうか、を予測するための「モデル」が必要となります。経済学の「モデル」とは、複雑な人間行動や社会的関係から、特に重要と考えられる特徴を選び、その特徴を数学の言語を用いて記述したものです。典型的な経済学の職業選択モデルでは、人々が職業選択を行うときに考慮するのは「賃金」を好ましいものとし、「労働の不快さ」を好ましくないものとして、その二つの差の帰結として好ましさが最大になる職業を選択するだろう、というものです。実際に僕は経済学者が他の職業に比べて「賃金」と「労働の不快さ」のいずれからも好ましいと考えています。一方、「社会的影響力」や「やりがい」なども僕の職業選択に影響しています。僕は恐らく給料が半減したときには例え「社会的影響力」や「やりがい」が変わらなかったとしても、他の職業に転職するのではないかと思います。
僕のことは僕がよく知っているので、「社会的影響力」や「やりがい」は給料の半分位が失われるのなら断念しても良い程度の「好ましさ」として僕の職業選択モデルに組み込むことができます。しかし、他の人が「やりがい」や「社会的影響力」をどのくらいの価値と考えているかを観察するのは容易ではありません。そのため、経済学者の構築する職業選択モデルは比較的容易に観察できる「賃金」や「労働の不快さ」などの要因のみによって構築される事が多いです。
心理学や社会学もそれぞれの理論からの予測を導くための「モデル」を構築します。経済学はガリレオの科学革命以降の科学の作法に従い、数式を用いてモデルを記述してきました。しかし、他の学問分野では数式で表現できない理論も多く用いられてきたようです。現代の心理学は数式を用いてモデルを記述できる理論が中心となっていますが、20世紀中頃までの心理学者には数式で記述できない理論を用いて議論を展開する心理学者も居たようです。社会学者には現代でも数式で記述できない理論を用いるものも多いようです。人間の考える概念や構築する構造物は必ずしも簡単な数式で表現できるとは限らない事は、電気回路の特徴が連立方程式だけでは記述しきれないことからも科学者の間で良く理解されています。しかし、数学で記述できる理論は矛盾を発見したり、理論から導かれる予測を特徴付けることが容易なので、現代の科学では数学の言語を用いて記述されてきた理論中心として研究が行われています。また、数学者は数学の言語を用いて記述できる領域を拡大し続けているので、数学の言語を用いて記述できる理論の範囲も拡大しています。

それでは、先の「メディアと政治」における僕の関心事は、どのようなモデルとして描く事ができるでしょうか。メディアの経営者やジャーナリストがどのニュースを報道するかを決める上で、経済学者が注目しているのは、「どのニュースを報道するとより利益が得られるか」という金銭的な動機と、「メディアの経営者やジャーナリストにとって、金銭を度外視してでも支持する事が好ましいと考えている政治家はいるか」という非金銭的な動機です。多くのメディアは株式会社として運営されており、従業員に支払う賃金や、株主に支払う配当に宛てる収入を得る事ができなければ企業を存続させることができません。また、ジャーナリストも一切の収入を得る事ができなければ、ジャーナリストとして生きてゆく事は困難でしょう。一方で、メディアやジャーナリストは金銭を度外視してでも人々が知るべきと考えるニュースをようとする動機も持っている事でしょう。従って、メディアの報道内容を予測するためには、このモデルに含まれている金銭的な動機と、非金銭的動機のどちらがどのくらい重要なのかを確かめることで、メディアの行動原理を記述することができるようになります。同様に、ニュースを見るときに、「新聞」を用いるか、それとも「インターネット」を使うかのモデルには、「月額料金」や「記事の質」がメディアの「好ましさ」を決めるとするモデルを構築します。そして、無料のインターネットのニュースサイトと、有料の新聞や新聞社のニュースサイトを利用する人は、それぞれが「月額料金」を支払う事の不快さと、「記事の質」に対して感じる「好ましさ」がどの程度なのかを確かめることで、人間行動を予測してゆきます。

「モデル」におけるさまざまな要因がどの程度の強さで影響するのかを明らかにするのが「エビデンス」です。エビデンスは、現実に生じたさまざまな現象を数値化したデータを用い、モデルに組み込まれた要因の影響の大きさを特定します。先の関心事である「メディアの経営者やジャーナリストは、報道する内容をどのように選択しているだろうか」という問題では、金銭的な動機と、非金銭的動機という2つの動機を比較するモデルを用いてメディアの行動原理を記述しました。このモデルは数式によって記述することができるため、実際にメディアが報道した内容と、メディアの売上のデータを用いて、それぞれの影響力の強さを明らかにする事ができます。2000年代に入ると、第1回で紹介したStanford UniversityのGentzkow教授というスーパースターに牽引される形でメディアの行動原理を特定するエビデンスが多数作られるようになってきました。次回はメディアがどのように報道内容を決めているのか、そしてそれは我々にどのように影響を与えているのかについての「エビデンス」について紹介をしたいと思います。

2017年7月23日日曜日

【学問のミカタ】科学における理論・モデル・エビデンス-経済学の「理論」とは

全学部コラボ企画、「学問のミカタ」、2017年度7月担当となりました黒田です。

全学部コラボ企画「学問のミカタ」ではそれぞれの執筆者が自分の専門テーマなどをわかりやすく解説していきます。このブログの記事を通じて、皆さんが経済学は面白い学問だと思って頂ければ幸いです。今回は、経済学の研究が行われる「理論」「モデル」「エビデンス」という3つの段階のうち、「理論」について記し、残りの「モデル」「エビデンス」についてはまた後日別記事としてUPしようと思います。また、「理論」「モデル」「エビデンス」と進められる経済学研究の例として、僕が行っている研究、特にNHKと共同研究を行った「メディアと政治」についての研究を中心に、それぞれの段階でどのように考えているのかを紹介していきたいと思います。

僕がいま研究しているテーマの一つに「メディアと政治」があります。「メディアと政治」というテーマが経済学の研究テーマになるのは意外だと思われた方もいるのではないでしょうか。しかし、「メディアと政治」は経済学者の間で強い注目を集めているテーマです。2014年「メディアと政治」に関する研究を行ってきたStanford UniversityのMatthew Gentzkow教授がジョン・ベイツ・クラーク賞を授賞しました。同賞はアメリカ経済学会がアメリカで働く40歳以下の経済学者のうち、経済学の考え方と知識に最も顕著な貢献をした1名を受賞者として選定する賞で、ノーベル経済学賞を含めた数ある経済学賞の中でも最も授賞が難しいとされています。Gentzkow氏が行った「メディアと政治」の研究は、経済学者が経済学をより良く理解するために最も貢献した研究のひとつであると評価されたのです。

「メディアと政治」について研究しているのは経済学者だけではありません。コミュニケーション学者、社会学者、心理学者、政治学者など、さまざまな分野の研究者が「メディアと政治」について研究をしています。経済学者による「メディアと政治」の研究は、別の分野の研究者の行う「メディアと政治」の研究とどのような関係にあるでしょうか。

学問分野を特徴付ける要素には、「理論」と「対象」があります。経済学、社会学、心理学は主に理論によって特徴付けられている学問だと考えられます。同じ「メディアと政治」というテーマを見るときに、経済学には経済学の理論を使って分析をしようとします。同様に、「メディアと政治」を見るときに、社会学者は社会学の理論を、心理学者は心理学の理論を用いて分析をしようとします。一方、政治学やコミュニケーション学は主に「対象」によって特徴付けられている学問です。政治学者は「政治」というテーマについて、経済学や心理学、社会学の理論を通じて分析します。コミュニケーション学は、コミュニケーションというテーマについて経済学や社会学や心理学の理論を通じて分析します。

「経済学」と「商学」「経営学」の違いも、「理論」による特徴付けと、「対象」による特徴付けから理解する事ができます。経済学は「理論」によって特徴付けられているのに対し、「商学」や「経営学」は分析対象によって特徴付けられています。「商学」や「経営学」は、経済学、社会学、心理学などの理論を用いて「商学」や「経営学」の分析対象を分析する学問です。逆に、経済という分析対象を社会学や心理学の理論を用いて研究している人が経済学者を名乗ったとき、経済学の理論を使って研究を行う事が経済学だと考えている経済学者からは「異端派経済学者」とみなされるでしょう。

経済学の「理論」を特徴付ける要素の一つは、「人は自らの置かれた環境で選択可能な選択肢の中から、もっとも好ましいと判断した選択肢を選ぶだろう」という理論です。人の選択がこのように行われている事を、経済学では「合理的選択」と呼びます。例えば、僕が理学部物理学科を中退して経済学部経済学科に入学し、物理学者ではなく経済学者になったのは、僕が経済学者として生きる道を物理学者として生きる道よりも「好んだ」ために、経済学者になる道を「選択した」とみなすということです。心理学者はなぜ私が物理学者になるよりも経済学者になったのかを、僕の内部にある生理的作用から探っていくための理論を持っています。また、社会学は僕が物理学者ではなく経済学者になるに至った社会的要因を探るための理論を持っています。しかし、経済学は人の中で起きていることや、社会という集合体がもつ影響力はいったん差し置いて、人間が「選択した」ものはきっとその人が選択できる選択肢のなかで「好んだ」ものだったのだろうと考えます。そのように想定する事で、経済学は人間行動を数学の言葉で記述された「モデル」によって表現する事ができるようになります。経済学の「合理的選択」とは、一般に連想される理性的な、けれども何処か冷たい感じのする選択を示すのではなく、経済学の「理論」と「モデル」の間の橋渡しをするために付けられた便宜上の名前に過ぎません。

この「合理的選択」の理論を使って僕は「メディアと政治」を研究しています。「メディアと政治」について、僕が関心を持っている人間の「選択」は、「メディアの経営者やジャーナリストは報道する内容をどのように選択しているだろうか?」という情報を送る側の選択と、「人々はどのように利用するメディアを選んでいるだろうか?」という情報を受け取る側の「選択」です。また、「メディアの報道の選択や人々の利用するメディアの選択の結果、世の中はどのように変化していくだろうか?」という事にも関心を持っています。しかし、人々の選択を組み合わせたとき、どのような社会的帰結が起きるかを説明するためには「ゲーム理論」という追加の理論が必要です。ただでさえ長い記事がますます長くなってしまうので、さしあたりこの連載では「合理的選択」の理論から説明できる送り手の選択と、受け手の選択を説明する理論のみについて説明していくこととします。

僕にとって物理学者よりも経済学者になることが好ましいから僕は経済学者を選んだのだろうと経済学の理論がみなすように、「メディアと政治」の経済学では、「メディアの経営者やジャーナリストがこのニュースを報道することを決めたのは、それが他のニュースを報道するよりも好ましいと考えたからだろう」であるとか、「人々がニュースを新聞ではなくインターネットを使って見ようとするのは、新聞よりもインターネットを使う方が好ましいからだろう」と考える事になります。それでは、メディアの送り手にとって、どんな記事が好ましいと判断されるでしょうか。また、受け手にとって、どんなメディアが好ましいと判断されるでしょうか。それを分析するためには、何が合理的選択で、何が合理的選択ではないかを特徴付けるための「モデル」が必要になります。モデルの作り方次第では、「合理的選択」は一般に連想されるような冷たい人間のみならず、他人を思いやる人間、熱意に溢れる正義の人、後先考えない愚か者にもなりえます。次回は、理論と現実の橋渡し役を行う「モデル」という概念について説明したいと思います。

投稿者:黒田敏史